アキバのつけ麺に恋をした

夏がやってきた。

 

ビカビカと世界の彩度を悪戯に上げる太陽。

皮膚がデロンと溶けてしまいそうになるほどの熱波。

体の穴という穴から汗が噴き出し、背骨を抜かれたようにだらんと脱力してしまうほどの猛暑。

 

「暑さ」は僕たちの理性のネジを緩め、少しだけケダモノにさせてくれる。

エゴの表皮が剥け、イドが顔を覗かせ、そして恋がはじまるのだ。

 

 

 

そう、この夏僕は、アキバのつけ麺に恋をしてしまったんだ。

 

 

 

 

 

僕が所属している部活の後輩に、Sくんという男がいる。

Sくんは自他共に認める大のラーメン好きで、年間100杯を超えるラーメンを食す。

 

Sくんはラーメンに費やす金に糸目はつけないそうで、ラーメンを注文する際は必ず「特上」を選択する。

もう少しわかりやすく言えば、松竹梅の「松」をノールックで連打するほどのラーメン好きということだ。

 

ラーメンにおける「松」とは、とにかくトッピングが豪華なのである。

店によってもそのクオリティは千差万別だが、ひとつ例を挙げてみよう。

 

 

 

「梅」はチャーシューが1枚ちょこんと乗る程度。ハッキリ言ってショボい。

「竹」は半熟味玉が乗せられ、メンマや海苔などがサッと散りばめられる。

まぁ、この中で一番無難で悪くないのが竹である。

 

そして「松」

コイツはスゴイなんてもんじゃない。

チャーシューは薔薇のように敷き詰められ、半熟味玉やメンマ、海苔、ネギ、その他名の知れぬ具材たちが、万華鏡のように色鮮やかに配置されるのだ。

 

ラーメンヒエラルキーの頂点に君臨するラーメン。

それが「松」なのだ。

 

 

 

しかし、僕の財布の紐は依然として固い。

ラーメンは好きだし倹約家というワケではないが、たとえ好きなものでも多少のブレーキはかかってしまうものである。

当然、選ぶのは「梅」だ。

 

 

 

だが、ラーメンを前にしたSくんは、スゴイ。

 

 

 

ラーメンの画像を見せれば、犬のように鼻をフガフガさせ、ヨダレを撒き散らしながらスマホに飛びつく。

歌舞伎役者ばりに目をひん剥いて、目からラーメンを摂取しようと試みる。

 

そうして音が聞こえてきそうなほど目をパチクリさせ、まるで咀嚼するようにまつ毛をバタつかせる。

そのままどこかへ羽ばたいていきそうだ。

 

無論、今のSくんの理性はほとんど崩壊しているといってもいい。

 

それによく見てほしい。

白目を剥いたこの顔で「理性ありますよ」なんて言ってきたら、軽くホラーである。

 

そう、ドラえもんがどら焼きをこよなく愛するように、Sくんもまたラーメンを想い愛して止まないのだ。

 

 

 

 

 

そんなSくんに、この前声をかけてみた。

 

 

 

 

 

「おすすめのラーメン屋さんってある?」

 

 

 

この質問をした自分に、激しく後悔した。

「ラーメン」という言葉に反応し、瞳の色がわかりやすくピンク色に染まっていくSくんを見届けた直後、彼の口腔からマシンガン弾が勢いよく飛び出してきたのだ。

 

 

 

「おいかわ先輩!オススメのラーメン屋はですね...!」

 

 

 

あぁ、止まらない止まらない!

ここは山手線の暴走列車。

 

 

 

Sくんは『終わらない終わり』を領域展開し、僕の体を蜂の巣のようにボコボコに撃ち抜いて穴を開けていく。

 

 

 

あぁ、止まらない止まらない!

ここは山手線の暴走列車。

 

 

 

抜け出せないループの中、古今東西津々浦々四方八方のラーメン屋の名を一気に脳にぶち込まれる。

脳のストレージは早々に満タンになり、Googleマップのピンが日本の大地を埋め尽くした。

 

 

 

 

...はて、どれくらい経っただろうか。

 

 

 

遠のいていく意識。

揺らいで、水彩絵の具のように溶け出す体の輪郭。

 

 

 

1を聞いたら1那由多くらいの返答に撃ち抜かれ、今でもその単位は恐ろしいスピードで0を重ねている。

 

だが、それでも、意識を飛ばさぬよう踏ん張り、ついにSくんの口から飛び出る弾丸を一粒だけ掴み取ることに成功した。

 

そして固く握り白くなった拳を、ゆっくりと開いてみたのだ。

 

 

 

煙の立ち込める手のひらの中央には、『秋葉原』と刻印された弾丸が、眩い光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

初のアキバに降り立ち、丸みを帯びた巨大なヨドバシカメラを尻目に、つけ麺屋へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

僕はまた激しく後悔するかもしれない。

いや、もう既に後悔の念に駆られているのかもしれない。

 

Sくんから預かった言葉を反芻するたびに、視界に靄がかかる。

茹だるような暑さによって思考がうまく働かない。

そんな中で靄を力なく振り払いながらも、グラグラと陽炎が揺れるアスファルトの上を歩いていった。

 

 

 

そうして歩くこと十数分、ついにお目当てのつけ麺屋が見えてきた。

だが、僕はつけ麺屋そのものが見えたワケではない。

 

 

 

"つけ麺屋に並ぶ人集り"を見たのだ。

 

 

 

ざっと数えてみると...30人はいるだろうか。

店に沿ってピクミンのように規則正しく整列している。

 

時刻は10:00。

オープンと同時にぞろぞろ、ぞろぞろと列が蠢きだし、ところてん式に前へ前へと押し出されていった。

 

 

 

30分ほど経ち、蠢くピクミン隊列はついにお店の入り口までやってきた。

今回行くラーメン屋は「記帳製」を採用しているお店で、要するに席が空くまで店前で待つのではなく、予め行く時間帯を記帳してその時間になったら行けばいいタイプの、実にお客に親切なお店なのだ。

 

ただあまりの人気さ故に、記帳するだけでも30分も待ってしまう。

だが、その分...ふふふ、これは中々に期待できそうなラーメン屋じゃないか。

 

 

 

視界に立ち込める靄が、ラーメンへの期待感によって少しずつ晴れてきた。

「このラーメン屋、まぁまぁ待ちますから覚悟してください」というSくんからの伝言は、どうやらそこまで覚悟しなくても期待感で払拭できそうだ。

 

 

 

さてさて、記帳してっと.........ん?

 

 

 

記帳用のノートに目をやると、「10:00〜、10:30〜、11:00〜...」という風に、30分ごとに予約の枠が用意されていた。

どうやら各時間ごとに4人まで記載が可能みたいで、既に「10:00〜」の枠は予約で埋まっていた。

 

 

 

視線を下にずらす。

 

 

 

「10:30〜」

コレもダメ。

 

 

 

視線を下にずらす。

 

 

 

「11:00〜」

コレもダメ。

 

 

 

視線を下にずらす。

 

 

 

「11:30〜」

コレもダメ。

 

 

 

暗雲が立ち込めてきた。

一体僕は、どの枠に収まることができるのだろうか。

 

 

 

さらに、さらに視線を下にずらす。

 

 

 

「12:00〜」

 

「12:30〜」

 

「13:00〜」

 

 

・・・

 

 

・・

 

 

 

 

 

 

 

「16:00〜」

「遠藤」「上田」「  」「  」

 

 

 

見つけた!

16:00!16:00だ!16...じゅうろく...

 

 

 

6時間ンンンンンンンンンン!?!?!?!?!?

どどどっ、どっ、どういうことなんだぁぁぁぁああああ!?!?!?

 

 

 

暗雲が積乱雲に変貌を遂げる。

稲妻がどす黒い雲の中で激しく閃光し、雷神が顔を覗かせた。

 

分数に直すと360分。

以前、ディズニーシーのソアリンに乗るために待ち、あの途方もなく感じた160分の、2倍以上の時間を要するのだ!!!!!

 

www.akito-oikawa.com

 

鈍器で後頭部を殴られたような重い衝撃が、脳を揺らす。

ろろ、ろ、6時間...冗談じゃない。

ラーメンにありつく頃には、昼飯どころか晩飯になっているじゃないか。

 

どうしようもない現実にワナワナと体を震わせ、ノートに書かれた「16:00〜」の文字がぐにゃりと歪んでいくのを感じた。

店員さんの申し訳なさそうな顔が視界の隅に入る。

胸が締め付けられるような思いにもなったが、今回ばかりは帰らせていただきたくもなるものだ。

 

 

 

...だが、このラーメン屋はSくんから掴み取った唯一の弾丸。

ここで180度振り向いて帰れば、来週会った時には蜂の巣じゃ済まないほどの銃弾を浴びることになるだろう。

Sくんの落胆する顔とは裏腹に、止まらぬ銃撃が、目に、耳に浮かんできてしょうがない。

 

 

しかしこれでハッキリした。

進む道は2つに1つなのだ。

 

知らぬ土地で6時間耐え続けるか、終わりのない銃撃を浴びるか。

どちらも苦であることに変わりないが、両者を天秤に掛けてみると前者の方が少しだけ軽いように感じた。

 

 

 

「面白くなってきたじゃねぇか...」

口元に力を入れ、ぎこちなく笑顔を作る。

熱せられた大気が体に覆い被さり、大粒の汗を垂らしながら、僕は震える手で「おいかわ」と記帳した。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の時刻は15:50。

ついに、この時がきた。

 

果てしなく遠く、終わりはこないと思われた6時間であったが、アキバというのはおもしれぇモノで溢れかえっており、電気街を闊歩していたらあっという間に時が過ぎたのだ。

むしろ今では逆に6時間も暇ができ、秋葉原をゆっくりと観光できて良かったとさえ思っている。

清々しいほどの手のひら返しであり、無論手首はとうの昔に捩じ切れ、手のひらはメイド喫茶に置いてきた。

 

 

 

まぁそんなことは今重要ではない。

つけ麺だ。つけ麺を、食おう。

 

勢いよく扉を開け、風のように食券機の前に立つ。

 

 

 

『帆立の昆布水つけ麺【塩】』

『帆立の昆布水つけ麺【醤油】』

 

 

 

Sくんから話は散々聞いていたが、どうやらここのつけ麺屋はホタテを売りにしているらしい。

ラーメンにホタテとはあまり馴染みがないが、一体どういったものなのか非常に楽しみである。

 

 

 

しかし、困った。

塩にするか醤油にするか。

個人的には醤油が好みだが、あのSくんだ。

 

「味の誤魔化しが効かない塩こそが、本物のラーメンなんすよ」とガチャガチャ煩い御託を並べて講釈を垂れてきそうだ。

そんな中で「醤油を食べてきたよ!」なんてSくんに伝えたが最後、きっと蜂の巣にされてしまうだろう。

これはいけない。それだけはわかる。

 

 

ならば、塩か。

いや、これも罠かもしれない。

 

「醤油にも色々あって、あっさりしたものからこってりしたもの、その種類は千差万別っす」とか何とかうんちくを垂れてくる可能性も十分にあり得る。

そんな中で「塩を食べてきたよ!」なんてSくんに伝えたが最後、きっと蜂の巣にされてしまうだろう。

これもいけない。それだけはわかる。

 

 

いつの間にか僕の頭上には塩派のSくんと醤油派のSくんが出現し、上空で論争を繰り広げていた。

蝉の声のようなやかましい議論が僕の指を硬直させ、食券機の前で身動きが取れない。

 

塩か...醤油か...

Sくんの覇気に圧倒され八方塞がりの中、僕は...僕は...塩を選んだんだっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

さて、長らくお待たせしました。ここからが本編である。

結論から言うとこのつけ麺。頭がどうにかなりそうなほど美味い。

 

もう一度言おう。

頭が、どうにか、なりそうなほど、美味い、だ。

 

このつけ麺を食べた人間は皆、天井を見上げる。

恐らく軽い脳しんとうが起きているのだろう。

 

二郎ラーメンだとか家系ラーメンだとか、そういうジャンキーな物質で頭がどうにかなるのではない。

上品な美味しさで”オカシク”なるのだ。

 

 

 

まずこのつけ麺を食べる前に、『帆立のカルパッチョ』なるものが提供される。

いわば前菜である。しかしよく考えてみてほしい。

 

前菜が出てくるラーメン屋など聞いたことがあるだろうか。

しかもカルパッチョである。初手からもうワケがわからない。

 

それでもってこのホタテ。

口に入れるとふわっと身が崩れていき、舌上に甘みと旨みだけを残して消えていくのだ。

 

 

 

 

 

夏、彼女と出会った時のこと。

彼女は、触れたら崩れ消えてしまうほどに美しく、繊細な人だった。

 

ぷっくりとした、柔らかそうな小さな唇。

薄桃色の頬、ちょこんと先の尖った可愛らしい鼻。

そして、大きくクリクリとした瞳。

 

白いワンピースを身に纏い、大きな麦わら帽子を被る彼女。

その全てが尊く、そして儚いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

カルパッチョを食べ終え、いよいよつけ麺とのご対面である。

しかしこの店の主人は、「まずは麺だけをそのまま」と提言してきた。

 

言われるがまま箸で数本の麺を持ち上げ、宙に浮かせる。

照明を浴びた麺はキラキラと輝き、ステージ上のアイドルのような眩さを放っていた。

 

勢いよく麺を啜る。

もちっとした弾力に小麦の芳しい香りが鼻腔をくすぐり、思わずため息を漏らしてしまう。

昆布水に浸かったその麺はそのままの状態でも旨味を保持していて、咀嚼するたびにカプセルが弾けるようにジュワッと飛沫を上げて味蕾を愛撫する。

 

なんだ、これは...

「美味しい」という語彙が稚拙に感じてしまうほど、この麺は美味しかったのだ。

 

 

 

 

 

彼女はよく笑う子だった。

 

僕がどんなにくだらないことを彼女に見せても、彼女は優しく上品に笑う。

僕がどんなに退屈そうに聞こえる話をしても、屈託のない笑顔で傾聴してくれるのだ。

 

彼女は口元に手を添えて笑う。

その雪のように白く細い手が、僕の心を揺さぶる。

 

それからというもの、僕は毎日彼女に会いに行くようになった。

 

 

 

 

 

「続いては、そちらの鰹塩とわさびを付けて召し上がってください」

つけ汁につけてこその「つけ麺」だと思うが、これはとんだ焦らしプレイである。

 

だが、これでいいのだ。

 

「麺をつけ汁につけて食べる」ことは、ラーメンの終着点であり、世のラーメンはすべてここに帰着し、集約される。

つまるところ、麺が汁に入ることはゴールなのだ。

 

しかしここの店主はつけ麺の特性を最大限活かし、一次元的なゴールしかないと思われたものに「過程」という名の二次元を生み出した。

店に入ってからつけ汁に麺をつけて食すまでの全ての行為に意味を、エンタメを、そして異なる味を持たせ、僕たちを楽しませる。

 

まるでテーマパークだ。

僕は気づかぬうちに、この店が創り出すテーマパークに入場していたのだ。

朧げながらに、店主がミッキーに見えてくる。

 

 

 

そうして僕は艶やかな麺に鰹塩をパラリと振り、わさびを少量を乗せ口に運ぶ。

瞬間、口内に宇宙が広がった。

 

そのままでも意味わからんくらい美味かった麺に、力強い鰹の香りと塩味が加わることにより、麺に命が宿ったのだ。

そしてビッグバンにより宇宙が形成されていくカオスな口内を、わさびが爽やかに鎮静する。

これにより、僕は何度でもビッグバンを生み出すことに成功したのだ。

 

 

 

 

 

彼女とは、いつもこの神社で顔を合わせる。

木々が生い茂り、神社を中心にドーム状に緑が覆い被さる。

茹だるような夏の暑さも、ここでは少しひんやりと感じてしまうほど神聖で霊妙な気で満ち溢れているのだ。

 

蝉の声を振り払いながら、僕は今日も神社に行く。

時刻は16:20。

冬では地に傾き沈んでいく太陽も、今はまだあんなに高いところでその存在を露わにしている。

 

 

 

彼女に会ったら何の話をしようか。

どんな話でも微笑んでくれる彼女であっても、僕はその好意に甘えたくない。

彼女を少しでも楽しませてあげられるように、ネタはしっかりと準備していくのだ。

 

そんなことを考えながら僕は長い階段を駆け上がり、彼女に会うための玄関である大きな鳥居の前まで急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、いよいよ”つける”時がきた。

この時をどれだけ待ち侘びたことだろうか。

 

現在の時刻は16:30。

麺をつけ汁につけて食すことを「つけ麺」だと言うのであれば、この瞬間を僕は6時間半ほど待ったことになる。

 

分数に直して390分。

秒数に直して23400秒。

涙が止まらない。

 

充血した目を捻じ切れた方の腕で擦り、僕は麺を宙に上げ、つけ汁へとダイブさせた!!!!!

 

 

 

その様は、さながら飛込競技である。

昆布水を纏いキラキラと光り輝く麺が、踊るようにして熱々のつけ汁へと飛び込む。

芸術味すら感じさせる所作に、思わず息を殺して見入ってしまう。

 

 

 

そして、リフトアップ。

 

たっぷりと汁が絡んだ麺を持ち上げると、その輝きは店内はおろか、この世界を余すことなく照らすほどの「光」となって現出した。

「光あるところに影あり」なんて言葉をどこかで聞いたことがあるが、物体を360度照らすことができれば影は消失する。

 

このつけ麺はそれを可能にしたのだ。

アマテラスの加護を、このつけ麺はつけ汁と交わることにより授かったのである。

そして、その神々しいつけ麺を、啜る!

 

 

 

んななぁぁあぁぁああああああldじゃふでゃあjだhどうrgしふあじゃぽgほwあうだ!!!!!!!!!!!!!!!

くっくっふっふくうゅぅぅぅぅぅぅぅっぇあわあわあぁゎあああああああにだういだhづは!!!!!!!!!!!!

 

 

 

頭がどうにかなりそうだ。

理性のダムが決壊し、止めどなくイドが溢れ出てくる。

夏の暑さとつけ麺の美味さが引き金となり、僕はとうとうケダモノになってしまった。

 

 

 

 

 

階段を駆け上がる。

彼女に会うために、彼女と話すために、そして彼女の笑顔を見るために。

 

 

 

 

 

麺を啜る、啜る、啜る。

濃厚な魚介のエキスが絡みつくこの黄金の麺を、ただ、ひたすらに。

 

 

 

 

 

階段を駆け上がる。

熱に浮かされ単略的な思考しかできなくなった僕。

それと同時に腹の奥底から湧き出る熱い何か。

これは、この気持ちは、一体...?

 

 

 

 

 

麺を啜る、啜る、啜る。

 

ぷっくりとした、柔らかそうなホタテ。

薄桃色のチャーシュー、ちょこんと添えられた可愛らしいメンマ。

そして、大きな存在感を放つ麺とつけ汁。

 

透き通る昆布水を身に纏い、大きな器に入った彼女。

その全てが尊く、そして儚いものであった。

 

 

 

 

階段を駆け上がる。

一段、また一段と登る度に、この熱はより熱せられ、そして大きくなっていく。

 

蝉の声がやかましい。

滲み出る汗。汗ばんだ肌にシャツが張り付く不快感を覚える。

 

でも、それでも、僕は彼女に会いたいんだ。

でも、それでも、僕は彼女を味わいたいんだ。

 

 

 

麺を啜る、啜る、啜る。

 

 

 

階段を駆け上がる。

 

 

麺を啜る、啜る、啜る。

 

階段を駆け上がる。

 

麺を啜る、啜る、啜る。

階段を駆け上がる。

 

麺を、階段を、啜る、麺を、駆け上がる、階段を、啜る、駆け上がる。

麺を啜る!!!!!階段を駆け上がる!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境内に辿り着いた。

 

 

 

しかし、彼女はそこにいなかった。

 

 

 

拝殿にある賽銭箱の横に、白い何かが見えた。

それを拾い上げ、天に掲げる。

 

 

 

小さなホタテの貝殻だった。

僕はそれを湿ったシャツの胸ポケットに入れる。

 

 

 

 

 

そうか。

 

 

 

そうか、僕は恋をしていたんだな。

 

 

 

 

 

鳥居をくぐる。

空はすっかりオレンジ色に染まり、ひぐらしが煩く鳴いていた。