万能と呼ぶにふさわしいモノ

この世に「万能」と呼ばれるモノは、そう多くは存在しない。

例えば、車。
陸地を自在に駆け抜け、人間が走るスピードよりも遥かに速い速度で進むことのできる鉄の箱。

だが、それはあくまで陸地に限る話であり、ひとたび大海原や空の旅に赴こうものなら、プロペラもジェットもない車は文字通りなんの役にも立たない鉄の箱と化してしまう。
これを万能と呼ぶには、少々その範囲が狭すぎる。

例えば、スマートフォン。
電話、メール、写真、そしてインターネット。
その小さなボディに数多の機能を搭載し、現代における三種の神器として君臨した伝説の石板。

だが、その神にも匹敵する力は、ひとたび「圏外」に迷えばろくに使えなくなる。
圏外。またの名を「アウト・オブ・サービス・エリア」。
それは、我々非力な人間では決して観測することのできない、魔の領域。
入ったら最後、電話、メール、そしてそのすべてを司るインターネットを遮断、隔絶され、人間を死に追いやる。
能力としては万能と呼べなくもないが、その力を発揮できる場所が限られ、さらに観測することができない以上、簡単にその言葉をお墨付けることはできない。

そう、我々が思っている以上に、万能にふさわしいモノというのは存在しないのだ。



しかし、しかしだ。
つい先日、万能と呼ぶにふさわしいモノを偶然発見した。

だがそのモノを発表する前に、まずこの話をさせてほしい。

「食器」というと、何が思い浮かぶだろうか。
箸、フォーク、スプーン、一般的に使用されるのはこんなところだろう。
そして、それぞれの機能について考えてみる。

まずは箸。
二本の細長い棒を器用に使い料理を口に運ぶ、日本人の手先の器用さを体現したような食器。
この「二つで一つ」という革新的な発想により、料理を「挟む」という新たな食べ方が開拓された。
また挟むだけにとどまらず、刺す、切る、混ぜるなど、食事に対して、より立体的に接することができる、まさに日本が生み出した宝である。

だが、そんな箸...ここでは敬意を込めて「おてもと」と呼ばせていただくが、そんなおてもとには、たった一つの弱点がある。

すくうことができないのだ。

日本には味噌汁をはじめとしたあらゆる汁物があるが、おてもとでは如何にしてもそれをすくい口に運ぶことは不可能だ。
どうしたって箸と箸の隙間に汁が滴り落ちてしまう。
早々に我々は箸ですくうことを諦め、下品に口をつけて飲むのが関の山なのだ。

次にフォーク。
先端に四本、鋭く伸びた突起のある食器。
その殺傷力の高そうな見た目から武器と間違えてしまう者がたびたび現れるが、これもまた立派な食器である。

フォークは見た目でわかる通り、料理を刺すことにおいて非常に適している。
刺す界のエースストライカーであり、彼の右に出るものは一人としていない。
またパスタなどの細長い麺類を四本の鋭利な突起で巻き取り、啜ることなく食べることができるオマケ付きだ。

さらに、その見た目の奇抜さから悪魔の装備品に抜擢されたり、少年ジャンプの主人公である「トリコ」も必殺技にするくらいの人気っぷりである。

しかし、彼もまたすくうことのできないジレンマを抱えている。

そこでスプーンの登場だ。
丸みを帯びた母性溢れるその形状で、箸とフォークでは敵わなかった汁物を優しく包みすくい上げてくれる。
スプーンは「すくう」一点に特化した食器だが、存外すくうという動作は、料理を口に運ぶ上であらゆるものをカバーできる。

なぜか。

汁物を除き、当然だが料理は塊としてそこにある。
カレー、ハンバーグ、丼物、揚げ物、煮物、魚、etc...
今思いついたものを雑多に羅列してみたが、頭の中でこれらの料理をスプーンで食べてみてほしい。
多少食べにくいものもあると思うが、食べられないということはないはずだ。
このように、スプーンは思いのほか食べることのできる料理が多い。

が、しかしだ。
食器界のママであるスプーンにも、弱点が存在する。

麺類が食べられないのだ。

うどん、蕎麦、ラーメン、パスタ。
これらをすくおうものなら、麺が途端にコサックダンスを踊り出し、汁がスプリンクラーのごとく跳ね散らかされる。
瞬く間にワイシャツはシミになり、「おいかわは恥ずかしいヤツ」という烙印を容赦なく押されることだろう。
あちらが立てばこちらが立たずといった具合に、大抵の物事には利点と弱点が併存しているのだろうか。

そんな現実の不条理さに辟易し、生きる意味を見失い途方に暮れた僕は、コンビニでパスタを買った。
おぼつかない手つきで袋を漁り、手に取ったモノを見た時、僕は膝から崩れ落ちるほど驚愕したのだ。



「先割れスプーン」である。
この世に存在するありとあらゆる料理が、これ一本で網羅できてしまう。

カレー、ハンバーグ、丼物、揚げ物、煮物、魚、うどん、蕎麦、ラーメン、パスタ、なんでもござれだ。

これぞまさに一分の隙もない最強の食器であり、エースストライカーのフォークと母性の化身であるスプーンがフュージョンした、万能と呼ぶにふさわしいモノであろう。

ん?箸?

日本でしか流行ってなく、「食事に対して立体的」などと戯言をほざき、刺し箸だの寄せ箸だの目眩がするほどマナーが多くて面倒臭い食器は、その辺に放っておこう。

これからは、先割れスプーンの時代だ。