10年ぶりにディズニーシーに行ってきた。
10年、10年だ。
桃栗三年柿八年の、さらに二年。
ディズニーの果実はどこまで熟したのか、実に楽しみである。
最後に行った時のことはもうよく覚えていないが、ウッディの口があんぐりと開いたアトラクションができたぐらいの頃だったような気がする。
ものすごい長蛇の列で、気だるそうなウッディに喰われる頃には閉園しそうな人気っぷりだった。
10年経った今でもその人気は変わらず、人々は続々とウッディに吸い込まれていく。
そういえば、ランドの方にもトイストーリーのアトラクションがあったような気がする。
キテレツなビジュアルの光線銃をビビビビっと敵に撃つシューティングゲームだったような。
ふむ、ランドに関しては15年も前だ。記憶が薄い。
さて前置きはこのくらいにして、今日は僕が10年ぶりに再訪したディズニーシーの一角にある、実にナイスなアトラクションを文にしたためたいと思う。
群衆を掻き分けてゲートに向かい、のんびりと回転する地球儀の前に立つ。
朧げながらに、「UNIVERSAL」の文字が浮かんできた。
10年も夢の国に行っていないと、変な幻覚でも見えるのだろうか。
目を擦りながら地球儀を抜け、懐かしい海の景色を左手に進んでいくと、僕の記憶にない立派な宮殿が聳え立っていた。
記憶のピースが欠けている。いや、新しく余白ができたのか。そんな実に変な感覚だった。
そのアトラクションの名は『ソアリン』という。
ほう、なんともメルヘンな名前じゃないか。
ソフランみたいだ。柔軟剤の。
柔軟剤の良い香りが漂ってきそうなソアリン。
このアトラクションがオープンしたのは2019年と、ディズニーシーの中で最も若い。
友人が言うには、ディズニーシーに来たらまず最初にこれに乗るのが通らしい。
アトラクションの前菜的位置に存在しているのか、ソアリンよ。
これまでのディズニー経験で、最初に乗るべきアトラクションなど考えたこともなかった。
とりあえずゲートをくぐり抜けたら血眼で園内を練り歩き、目ぼしいところを見つけてファストパスを取得する。いつもこういう流れだった。
だが今回行って初めて気づいたが、ファストパス制度はそれこそ幻のように消えていて、代わりにアプリから課金して優先チケットを得る仕組みに変わっていた。
アプリも初めての経験だった。
入場する際はチケットを握りしめ、キャストのお姉さんに謎のスタンプを手の甲に押されたものだ。
キャストの笑顔はいつだって変わらず温かいが、時代の変化は冷たく移り変わっていった。
話が脱線してしまった。柔軟剤に戻ろう。
ディズニーシーの最新作でもあるソアリンが、前菜的ポジションになっていることに僕は一抹の不安を覚えた。
あんぐりウッディもとい、トイストーリーマニアに関してはメインディッシュだったからだ。
新しく出来たアトラクションというのは爆発的なブームに見舞われ、一日を通して行列が絶えなくなる。
前菜的ポジに立つソアリンはそうではないというのか?
だがそんな僕の不安は、キャストのお姉さんが持つ看板の待ち時間を見るや否や、杞憂に終わった。
『160分待ち』
え?
160...って、それ...
160分...1時間って、えーと...60分だよな...
2時間40分待ち!?!?!?
何度見ても160の文字は変わらない。
キャストのお姉さんは、ニコニコと屈託のない笑みで僕たちに微笑みかけてきた。
お姉さんには160という数字の重さがわかっているのだろうか。
2時間40分。映画の中でも長いと言われている「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を見てもお釣りが返ってくるほどの時間である。
「並べるもんなら並んでみろよ」
僕の中でお姉さんの顔はグニャりと歪み、僕たちを嘲笑っているかのように感じた。
柔軟剤の香りの中に鼻を突くようなキツい刺激臭が混じり、お姉さんのミッキーお団子の先から角が見えたような気がした。
この現実に、当然友人はガックリと肩を落とし、「嘘だろ...」の表情を作っていた。
しかしソアリンにはどうしても乗りたい。
その気持ちは、160の数字を前にしても動かなかったのだ!
そうと決まれば腹を括って並ばなくてはならない。
蛇腹状に折り畳まれた長蛇の列を、僕の巧みのトークスキルで駆け抜ける。
30分経ち、残された話題のカードは天気の一枚だけになった。
天気の話題など、ほとんどJOKERである。
これがババ抜きでなくて本当によかった。
「今日はあいにくの天気予報だったけど、ほらあそこ。青空が見えるよ」
「本当だ。おいかわって晴れ男なんだね」
「うん、実はそうなんだ」
「すごいね」
「うん」
あっという間に130分経ち、ついに僕たちはソアリンの心臓部へ到達し、控え室のような場所に案内された。
カーペットの敷かれたやや薄暗い部屋。
特段派手なものがあるワケではないが、入って奥の壁面に一枚の大きな絵画が飾ってあった。
油絵...だろうか。
マットな質感がそう感じさせる。
これから始まるソアリンへのワクワクと、2時間半じっくりと煮込まれた脚の悲鳴で板挟みになり、僕はその女性パイロットの絵画をただぼーっと眺めていた。
「私の愛しいアレッタ、皆さんにご挨拶して」
お、前説が始まった。
そういえば忘れていた。
ディズニーはアトラクションが始まる前に、軽い説明があるんだったな。
ふふ、10年も行っていないと色々と忘れてしまうものだ。
忘れてたy
ん?今誰が喋った?
すっかり俯き加減になっていた顔を起こし、声のする方へ視線を泳がす。
なッッッッ!!!!!
絵、絵が動いてるぅぅぅぅううう!?!?!?!?!?
動画だとかプロジェクションだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。
ポルナレフもビックリな摩訶不思議超常現象が、僕の目の前で今まさに行われていたのだ!
油絵が、動いているのだ。
あのマットな質感が、そのまま。
見れば見るほど意味がわからない。
絵画の中でうごめくパイロットの話など入ってくるハズもなく、ただ口をポカンと開けて見入ってしまう。
本当に魔法がかかっているんじゃないかと思ってしまうほど、油絵が油絵のままぬるぬると動くのだ。
すっかり魔法に魅せられてしまった。
死ぬほど血流が悪くなった脚は瞬く間に回復し、少年のようにキラキラとした眼差しを一枚の絵画に向けていた。
もはやコレがアトラクションとして成立している。
僕がいない間に、夢の国はここまで成長していたのか。
「それでは素晴らしい空の旅、ファンタスティックフライトを楽しんできてくださいね。ボン・ビアッジョ!」
パイロットの天真爛漫な声にハッとさせられ、夢から醒めた。
キャストに案内され、ソアリンのさらに奥へ奥へと案内される。
そして若干の蛇腹地帯をくぐり抜けると、とうとう最深部まで来てしまった。
最後の扉がギギギギと開かれ...ることはなく、自動で軽やかに開きゴールに着いたのだ。
そこは、やけに暗く青い大きな広間だった。
顔を上へ倒して見上げると、ゴチャゴチャと黒く影になったカラクリが絡み合っている。
想像とだいぶ違う。
本当に大丈夫だろうか。
再び僕の心に暗雲が立ち込めた。
160分の地獄の最中、僕はソアリンは一体どんなアトラクションなのかを友人に尋ねた。
「ん〜、まぁ4DXみたいな感じ?」
4DX...とな。
上映方法の種類の1つというのは知っている。
知っているが、その4DXというのは体験したことがない。
まずは4DXから紐解かなければ、当然ソアリンがどういうものなのか皆目検討もつかないだろう。
4DX。フォーディーエックス。
3Dはわかる。飛び出してくるやつだ。
じゃあ4Dはドラえもんのポケット上映なのかと言われると、そうではない。
映画館における4Dは、「体験をプラスする」という意味での4D。
匂いがしたり水しぶきが飛んできたりと、まるで映像の中にいるかのような体験を味わうことができる、それが4Dなのだ。
その4DにXがついているワケなのだが、これは、つまりその、まぁとんでもなくヤベェってことだ。
ヤベェのX乗、4DXは果てしないヤバさを提供してくれる、きっとそうだろう。
まぁ4DXがいかにヤベェということはわかったが、それでもソアリンに対する不安は拭えなかった。
てっきりシアターみたいなのを想像していたのだが、座席数は少ないし、なによりスクリーンがどこにもない。
一体どこに上映するというのだろうか。
ソアリンは4DX"みたいなもの"であり、4DXではない。
ソアリン≠4DXなのだ。4DXではない何か。未知。ブラックボックス。
不安は募るばかりだが、同時に期待も膨らむというものだ。
僕は恐る恐るシートに腰掛け、ソアリンが始まるのをドキドキしながら待っていた。
「それでは空の旅へ行ってらっしゃーい!」
キャストのお姉さんの声がこだまする。
ついに始まるソアリン。一体僕にどんな夢を見せてくれrrrrrrrrrrrr!!!!!!
なっなっなっ、あっ、体が浮いてぇぇぇええええええ凄いぃぃぃぃいいいいいいっっっっっっ!?!?!?!?!?
どうなってるぅぅのおぅおいいこれぇえええヤベェェェェェェェエエエエ!!!!!
ふわりと体が宙に浮き、僕は大空へ旅立つ!!!!!!!!!
足元には大自然が広がり、気持ちの良い風を全身で浴びる!!!!!!
草の匂いが、水の匂いが、全身を包み込む!!!!!!
ヤッベエェエエエエエエエエエ!!!!!!
ソアリンヤベェエエエエエエエエエ!!!!!!
砂漠、海、サバンナ、大都会、夜景。
超スピードで世界中を駆け回り、轟音と共に目まぐるしく景色が変わっていく。
シンプルに空を飛ぶ。
だがとにかくベェ、マジでベェんだ。これが。
160分がこの3分間に全て詰まっている。
3分間、僕はただ目の前で巻き起こる夢の世界に心を奪われっぱなしだった。
とにかくディズニーがベェ。ベェんだ。
みんな、ソアリンはベェぞ。