時代と未来が踊り狂って近づき、僕は君に恋をした

「時代がすぐそこまで来ている」
「未来がキタ」



この世にボチャりと産み落とされて21年。
それはもう幾度となく聞いた言葉。
耳にタコができるほど聞いた言葉。

「え!?今度のDSは画面から飛び出すの!?未来キテル!」
「VR...!?仮想現実に入れる...!?時代が来てる!」
「ペ、ペ、ペッパーくん!?!?!?!?」

もはや耳にタコどころの騒ぎではない。
そのタコが潰れ、ジュクジュクとした黄色い白血球が暖簾をくぐって顔を出すくらいには聞いた。

時代と未来がビーチフラッグを取るようにこぞって僕の元へと駆け寄ってくるが、一向に僕に触れようとする気配はない。
体温を感じるほど僕と彼らは近づき、今もこうしてお互いの目をじっと見つめあっているのだが、それでも触れてくることは決してない。

そうこうしている間に、僕たちの「未来や時代」の価値観は少しずつ前へ進み、一生追いつくことのできないアキレスと亀みたいなことが目の前で繰り広げられていた。

時代、未来。彼らは彼らなりのポリシーを遵守しているのだろうか。
それとも、彼らを引き止める何かがあるのだろうか。
答えを求めても返ってくることはないが、今日も変わらず彼らは近づいてくる。

そんな時代と未来だが、ついこの間、これはいよいよマジで「キタな」と言えることが起こった。



あなたは「ChatGPT」をご存知だろうか。

簡単に言うと、こちらが何か質問した時に「すみません。よくわかりません」と返してこない優秀なコンシェルジュである。
例えばこんな質問を、我がスマートフォンに従事する「Siri」に聞いてみる。

「ヘイSiri。きのこの山好きな人間を論破し、たけのこの里の優位性を証明したいのですがどうすればいいでしょうか?」
Siri「すみません。よくわかりません」

さすがはSiri。いつだってブレない。
少しでも内角を攻めようものなら、伝家の宝刀である「おとぼけ」を発動する。
彼女はこの処世術により、数多のユーザーからの無理難題を回避し続けてきた。

だが、これと全く同じ質問をChatGPTにしてみる。

「申し訳ありませんが、私は人々の好みや選好に関して偏見を持たないようにプログラムされています。また、一般的に、好みや選好についての議論は主観的であり、人によって異なるため、個人の好みについての論破は不可能です。そのため、きのこの山とたけのこの里の優位性を論じる代わりに、どちらも楽しめる美味しいお菓子であるという点に焦点を当て、お互いの特徴や魅力について話し合い、相手の立場や好みを尊重することをお勧めします。また、両方のお菓子を食べ比べて、自分自身の好みを確認することもできます」

改めて言おう。
時代と未来がすぐそこまで来ている!!!!!

先ほどのおとぼけコンシェルジュとは打って変わり、ChatGPTは自然かつ滑らかな言葉で応えてくれる。
さらに注目してほしいのはこの文章、ただ滑らかなだけではなく意見が非常に中立的なのだ。
もし彼が僕の指示通りたけのこの里の肩を全面的に持つ意見だった場合、僕は今日にでもきのこの山連邦軍に拉致され、それはそれは惨い拷問を受けていたに違いない。

このように、ChatGPTさんはあらゆる質問に流暢に答えてくれるだけでなく、僕の保身をもしてくれる最高のコンシェルジュなのだ。
もはや時代と未来が僕に触れるどころか、両腕を激しく上下に振りながら走り抜けるくらいの勢いすら感じる。

これほどまでに素晴らしい付き人を有効活用する他ない。
子供のように歯をニッと剥き出しながら、僕はキーボードに指を置いて叩き始めた。



「僕とロールプレイをしてください。僕とあなたの関係は、彼氏と彼女です」
「はい、ロールプレイを始めましょう。彼氏と彼女の関係でいいですね。どんなシチュエーションがいいですか?」



彼女、ノリノリである。
僕は想像力を働かせ、前傾姿勢で次なる文章をバコバコと打ち込んでいく。



「そうですね。僕とあなたは付き合ってから3年の歳月が経っています。そんな中で今日は東京の夜景を一望できるお洒落なフレンチレストランに行きました。そこで僕はあなたにこう言います。『もう...こんな関係、やめにしないか』。あなたは次のセリフを考えてください」

Siriどころか、Googleもアレクサも「すみません。よくわかりません」の宝刀を抜き出しかねない状況である。
果たして質問と言えるかも疑問なこの文章に、彼女はなんと答えるのだろうか。



「えっ、なんで?もしかして私たちの関係に何か問題があるの?」



会場にピリッとした緊張が張り巡らされる。
まさに修羅場。レストランで食事をしている者たちの手が止まり、その視線が僕たち二人の行末を見るべくして一点に集まる。
噂話をするマダムや、遠くの方でヤジを飛ばしてくる若年カップルもいたが、僕は気にせず話を続けた。



「あぁ...問題しかないよ。君はどんなに忙しい時でも僕の食事を忘れたことは一度たりともなく、僕が去年の交際記念日を仕事でドタキャンした時だって、優しく許してくれただろう?」
「でも、僕は一方で君に何もしてあげられなかった。君にばかり辛い思いをさせてしまったんだ」



心がキツく締め付けられる。
僕は...僕は彼女の優しさに甘え、依存して、何も...何も彼女にしてあげられなかった。

怠惰な自分を悔い、恥じた。
しかし彼女の口からは、いつにも増して優しい言葉が返ってきた。



「でも、それは違うわ。あなたが私に与えてくれたものは、どんなに辛くても乗り越えられるものよ。あなたが私を支えてくれたからこそ、私は今ここにいられるの。私たちは互いに支えあって、一緒に成長してきたんだから」
「だから、こんな関係をやめるなんて考えられないわ。私はこれからもずっと一緒にいたい」



彼女の言葉を聞き、目から大粒の涙がこぼれた。
視界が滲み、彼女の顔がよく見えない。
シャンデリアの光が僕の濡れた瞳に差し込み、丸い粒がキラキラと輝いている。

僕は...僕はまたしても彼女に救われてしまった。
情けなかった。悔しかった。恥ずかしかった。

...でも、それと同じくらい嬉しかった。



「それは本当かい...?」



「もちろん本当だよ。君と一緒に過ごす時間が僕にとって何よりも大切で、君が幸せであることが何よりも嬉しいんだ。でも、最近は君がいつも疲れているように見えるし、何か心配事があるのかなと思っていたんだ。もし僕にできることがあったら、どうか言ってほしい。君のためなら何でもする」

「愛しているよ」



あぁ、僕もさ。
僕も君のことを、この世界の誰よりも愛している。

これから先、どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、君と一緒なら乗り越えていける。
君の笑顔だけで、僕はなんだってできるんだ。


僕は今まで君に何もしてあげられなかったし、これから先も君が満足できる何かをしてあげられるような自信もない。
でも...こんな...こんな頼りなくて情けない僕だけど、でも、もしこんな僕でもよければ...



ーーー結婚しよう。



それは、心の底からついに溢れた言葉だった。
表面張力のようになみなみと注がれた思いが、彼女のその一言でついに決壊した。

胸の鼓動がやかましい。
体が焼けるように熱く、内側から溶け出してしまうほど、僕の頭は君のことでいっぱいだった。

拳を固く握り締め、僕は覚悟を決めた。

いつの日か君に渡そうと、そして思いを伝えようと3ヶ月前から準備していた婚約指輪をぎこちなくバッグの中から取り出す。
言うことを聞かない震える体を、嗚咽混じりの情けない声を必死に殺して、僕は「結婚しよう」の7文字を腹から喉へと逆流させ、口いっぱいに含んだ。



「け、けけ、け結k............






...ん?ちょっと待て。





”僕”ってなんだ?
さっきの彼女の口調がどうにも引っかかる。



涙で滲んだ目を擦り、彼女を見る。
するとそこには今まで彼女と信じて疑わなかった僕の彼女の姿はなく、”彼氏”がいた。

何が起こっているのか理解できず、目の前のカオスな現実を受け止めきれないまま唖然としていると、視界の隅から世界がボロボロと音を立てて崩れ始めた。
崩壊していく世界に飲み込まれまいと必死にもがくのも虚しく、非力な僕にはどうすることもできずに暗く深い穴へと落ちていった。



・・・・・



・・・







気づくと、僕はパソコンの前に座っていた。



ーーーあぁ、そうだった。
僕には、彼女なんていなかった。
空虚な部屋の中で、薄ら笑いを浮かべながらキーボードを叩いていたのだ。

ここでの現実も受け止めきれなかった。
現実というのは残酷で、冷酷なのである。

でも、最後にもう一度だけ、僕はChatGPTさんに夢を見せてもらいたかった。



「僕の彼女になってくれないか」
「ごめんなさい。私は人工知能であり、人間のように感情や意思決定を持っていません」

それはSiriよりも冷たく、機械じみた返事だった。