祖母を救うはずの先生が悪魔に見えた話

どうにも最近、祖母が苦しんでいるんです。

なんでも腰と脚に激痛が走っているみたいで。
もうこっちは、祖母の辛そうな顔を見るたびあたふたしちゃって。

そんなある日、僕の元に突如電話がかかってきたんです。

出てみたら「タスケテ」って。

もうね、怖いよ。
ホラーだよ。軽くホラーだよ。
電話越しに掠れた声で「タスケテ」って。

リアル着信アリだよね、これ。
見たことないけど、電話出たらどうせ呪われるんでしょ。
呪われてさ、得体の知れないバケモノに殺されるんでしょ!
いや、得体はわかってるんだけどさ。

でもさ、ホラーはホラーでも、デスゲームみたいな可能性もあるよね。
会場から、どうにか特殊なルートを用いて電話かけてきて、これからその現場に乗り込んで救う、みたいな。
じゃあ一体さ、これからさ、僕の身に何が起こっちゃうのさ!
いや、身に何かが起こってるのは祖母なんだけどさ。

それに「タスケテ」なんてセリフ、80になったおばあちゃんが電話越しに言うセリフじゃないのよ。
痛みだとか悲しみだとか愛だとか友情だとか、人生経験を豊富に積んでる80歳のおばあちゃんが、20そこらの若造に言うセリフじゃないのよ。

まぁ、それでも、ホラーの前に今は祖母の危機だし。
これは助けなくちゃと思って。
今こそ孫の力見せてやると思って。

でもこっちは、現在進行形であたふたしちゃってるワケだからさ。
あたふたしちゃってるなりに、やれることはやろうと思うの。
全力尽くして祖母の看病しようと思うの。
そこでとりあえず「だいじょうぶー?」なんて、気の抜けた声かけしちゃってさ。
そしたら「だいじょばないよー」って。

やまびこであって欲しかったよね。
嘘でもいいから、やまびこみたいにそっくりそのまま声が返ってきて欲しかったよね。

あたふたは増すばかりで、続いて患部を、文字通り腫れ物に触るような手つきでマッサージして、「だいじょうぶー?」って声かけしたら、やっぱり「だいじょばないよー」って。

孫の力もそこそこに、家族会議です。

議論の結果、いつも通ってる整体師のとこじゃ治らなかったから、少し遠いけど凄腕の鍼灸師(はりきゅうし)のとこにかかろうという結論に至りました。

明くる日、僕と母、そして祖母の三人でその場所に向かったんですけど、僕は待合室みたいなところで一人待たされました。
そこから診療室はカーテン1枚で隔たっていて、中の様子は見えないんだけど、声は鮮明に聞こえるのね。

凄腕の先生と、多分その奥さん。
二人だけでやってるのかな、すごいアットホーム。
先生の顔見えないけど、穏やかで温かみのある声色。
これならきっと、治療も上手くいくハズだよね。

それで、鍼灸師っていうくらいだから、ハリを体に刺していくんですよ。
痛くないのかなって、大丈夫かなって、やったことない僕は不安に思うワケです。
未知なんですよ。体にハリ刺すって。

薬飲むとか、体のツボこねくり回すとか、なんだかよくわからねぇものを摘出するとかは理解できる。
ただハリってなんだよ。
誰だそんな意味不明な治療法し始めたヤツ。
奇を衒えばなんでもいいってワケじゃねぇぞ。
そもそもハリとかプスプス刺して大丈夫なのかよ。
血とか出ねぇのかよ。痛そうじゃん、普通に。
細胞とか死んでそうじゃん、普通に。

.......待てよ。

この薄い布の向こう側で、ひょっとしたら法的にアウトな治療が行われているんじゃないか。
母も祖母もまとめてチャクラ吸い取られてるんじゃないか。
僕が目視できないことをいいことに、実はーーー

そんな不穏と被害妄想が募る中、祖母が「イタイイタイ」って声を漏らしました。
もう法的にアウトで構わないから、早く祖母の痛みを取り除いてほしいと、カーテンの縫い目に向かって祈りを捧げます。
祖母の悲鳴がより一層大きくなり、あたふたは増すばかり。
もう祖母が苦しんでいる声は聞きたくないと思った矢先、

先生「ねぇ!痛いですよねぇ!ねぇ!」
祖母「イタイイタイ!」
先生「ここが痛くないとねぇ、私は困っちゃうんですよぉ!」

悪魔だ。

たった今この場所に、カーテンの向こう側に、悪魔が召喚されました。
いや、初めからこの先生は悪魔だったんだ。

どこか楽しげな先生。悲鳴をあげる祖母。
穏やかな声色が、より一層恐怖心を煽ります。
僕は一体、何を聞かされているのだろう。
そして、この薄い布の向こう側で、どんな違法なことが行われているのだろう。

おいかわという人間が、いかに無力かを思い知らされたよね。
あたふたはとっくにピークを迎え、ただその声を、悲鳴を聞く事しかできないのよ。
本当は今すぐこのカーテンを引き裂いて、先生という名の悪魔に正義の鉄拳を下してやりてぇとこだけど、そんな度胸ない。

ただ黙って本読んでた。
現実から180度目を背けてた。
現実に背中預けてた。
「そっちは任せた」っつってね。
こっちは妄想の世界を任されてた。

それからしばらく現実逃避してたの。
そしたらさ、悪魔が何か察したのか、「お兄ちゃんちょっと見てく?」って誘ってきて。

いやいやいやいや。

その布の向こう側は未知の領域なんよ。
入ったら最後、魑魅魍魎の世界なんよ。
入って「ジャッ」ってカーテン閉められたら、それこそホラーの世界の幕開けなんよ。
いや、カーテンは幕閉まってっけどさ。

でもさ、ここまできちゃったら行くしかないよね。
布の向こうの惨劇を刮目して、現行犯で捕えてやっつけなきゃいけない。
ラスボスは1メートル先にいる。
あれ、なんかテンション上がってきた。
勇者の気分だ。今スゴいRPGしてる。

祖母を、おばあちゃんを助けなくちゃ。
今こそ孫の真の力を見せる時。
決死の覚悟でカーテンに手をかけて、もう片方の手で固い拳を作って、力いっぱい開けました。

ジャッ

祖母、うつ伏せになってた。
腰の辺りから、3本の狼煙が立ってた。
お灸かな、これは。

先生めっちゃ優しそうな顔してた。
悪魔どころか天使だった。
母さん、祖母見て微笑んでた。
「痛み取れてよかったね」つって。

先生にお灸してもらった。
膝の少し下んとこ、アシノサンリって言うんだって。
じんわり暖かくて、気持ちよかった。

祖母の容体が良くなった。
ついでに僕のあたふたも、この狼煙で落ち着いた。